さよなら相鉄5000&飲み会
今日は夕方から池袋で飲み会が入ったのと相鉄5000系のさよなら撮影会があるというので今回はがんばって両方行ってみました。

まずは相鉄ということで横浜駅で乗り換えると来たのは10000系これはありがたくないというか、やっぱり自分が一番乗っていた時の相鉄と言うと赤帯の旧塗装で8000・9000という二枚看板車両がいたからやっぱりなじめない。およそ20分ちょっとで相模大塚に到着して、改札を出て車庫の方に向かって列ができている。それもそのはずで撮影する人のことを考えてくれているのかこまめに人を入れることで密集することを防いでくれているのはありがたく、列の流れも割りといいから待つ時間が苦痛になることもない。

今回でお別れとなる5000系は通常は10両編成だけど今回は半分の5両編成に分割して並べての展示。7000系に通じる一時代を築いた車体デザイン、相鉄ならではの装備であるパワーウインドーが初めてついた形式であるなど、やっぱり8000・9000が最新車輌といわれていた時代を振り返ると惜しい車輌がまたひとつ消えていくのだな。

相模大塚を出て今度は一路、都内へ。今回はせっかく相鉄まできたから一旦海老名にでて乗ってなかった海老名-相模大野を乗り小田急はいよいよ残すは多摩センター-唐木田と・新松田-小田原だけに。そして海老名から乗った急行はまさに多摩川を渡るとカルチャーショックの連続。経堂もなにか違うし世田谷区内の地平だったところが近代的な高架の複々線になり日中でも散々前の各停に引っ張られていたのがうそみたいに快調に走る。そして代々木上原からは今度は千代田線に入ってこれでメトロも副都心・日比谷線の中目黒口だけに。その後は一旦、待ち合わせのために茗荷谷にいって再度丸の内線で池袋に移動してのみ。

今日の飲みは中途半端な時間にはじめたから1次会だけにして帰ることに。ここでもうひとつびっくりしたがの帰りの特急。品川から乗ったがなんと都営から来たときはガラガラで品川でもう座れて立つひとも少なく川崎・横浜でも人が降りた直後は完全着席状態になるのだからいくら不景気でもちょっと外出控えすぎでないかなと思ってしまうほど。やっぱりこの不況、かなり深刻なんだな。

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